2016年

5月

31日

私と家族の調和

福岡出張から戻り、ニセコの日々を過ごしています。

これからどこに行きたいのか?

物理的なことではなく。

明確にしなくちゃいけないわけでもないけど明確にしたい気持ちが湧き上がる。

知的好奇心を満たすことは、私のライフワークでもあり、ある種の健康法でもある。

留まると淀む私の血肉は、子育て中でも湧き踊っていた。

初めての子を授かり、母として娘を守ることに義務を感じ、そこに自分を見出していた。

私が私の観念から自由になることで、子どもたちが自由になれる。

不安に押しつぶされそうになりながらの苦しい育児は、いつしか育自に変わっていった。

自分の内的調和を取るために試行錯誤、子と共に私の精神も育った。

二人目の子が幼稚園に通いだしたのが今月。

これまでの10年間は、肌を離さず、手を離さず、主人と一緒に幼い子等の成長を見守ってきた。

これからは目を離さず、心を離さず。

生まれ育った家族との関係性とは異なり、今築いている家族との関係はまるでチームのよう。

末っ子の私にとって家族は生まれた時からそこにあったけど、努力と協力で築き上げていくものなんだね。

ホメオパシースクールに4年、波動の世界を学びに足繁く東京へ、2人目を妊娠中に瞑想をしに2週間京都へ、家族の協力とともに知的好奇心を満たしてきたけど、学びへの欲求は尽きない。


福岡で、滑り仲間でもあり旅友でもある友人と飲んだ。

若い頃に出入りしていた歌舞伎町のバーの雰囲気にそっくりなバーで、多くを語り、夜も終わり始めた頃にふと気付いた。

「私、遊ぶのを忘れていたな。」

主人曰く、充分遊んでるらしいが、学びに勤しんでいたので、遊ぶことに関してはかなり家族に遠慮をしている。

果たして、この遠慮が後々家族に悪影響を及ぼさないか?

恩着せがましく「家族のために自己犠牲した私」をチラつかせてしまうのではないか?

そんな自分になりたくない。

結婚するときにあった定住への恐怖。

もしかしたら普通の結婚生活は無理なのかも。

主人の「その時が来たら考えれば?」の言葉に安堵して、ニセコで始めた結婚生活ももう10年。

そして今、人生を愉しく遊ぶんだった!と思い出した私は、自分軸で生きている。

私は私でいい。

やっと本来の自分に還ることができた。

これからも家族の調和を取るために、夫婦で、家族でもっと話しをすると決めた夜でした。



新着情報!!

 

ただいま、ゆっくり改装中!